寒い寒いとけたけた笑う、寒いということのいったい何がそんなにも面白いのかさっぱり分からずに、ハンガーにかけてあるコートの襟を正す。 どうしてこうも急に季節は変わってしまうのか。 念の為にコートを干しておいてよかった。 俺はそう思いながら温かな紅茶をすする。 「ほんと嫌になっちゃうよね、この前まで暑かったのにさ」 「ずっと暑いままよりかは良いだろ」 「そうだけどさぁ、何というかもう少しステップというものがってもいいんじゃないかな」 「面倒臭ぇ奴だな」 「えー」 リヴァイに言われたくないよ、なんて失礼なセリフを口にしながら再びは楽しそうに笑う。 屈託のないその笑顔に半ばあきれながら、暖炉に薪を足す。壁の中の冬は長く厳しい。 真冬ともなれば一面の雪景色の中、人々は小さく身を寄せ合い、その家々に明かりをともす。 作物など育つはずもなく、それまでの決して多くもない蓄えを細々と切り崩しながら、途方もなく長い冬を過ごすのだ。 そんな季節が来れば調査兵団への風当たりはより一層厳しいものとなる。 兵服を着て街を歩き、聞こえる蔭口が一つや二つならばまだましなほうだった。 正直、傷つかないわけではない。 けれど冬の間は、聞こえる辛辣な言葉が心に付ける傷なんかよりも吹き付ける北風のほうがもっとずっと、堪えるのだ。 何時だったかには言った。「そうだよね、私たちは精いっぱいやってる。でも結局他のみんなからしてみたら私たちのやってることなんて、きっと何でもない、どうでもいいことなんだろうね。畑を耕してお野菜作ってる人のほうがずっとずっと、生産性があるよね」。 そう口にした彼女の表情は険しく、止むことのない北風に晒されたせいか、より一層こわばって見えた。 昔はそんな悪口が聞こえるたびに俯き涙を浮かべていたも、年月を重ねるごとに打たれ強くなり落ち込むことも少なくなっていった。 いや、恐らく傷ついた自分を外に出そうとはしなかっただけなのだろうが。 素直さが取り柄の。彼女のその変化を俺は複雑な心境で感じていた。 「ねぇリヴァイ」 「なんだ」 「今年も雪が降ったらさ、また皆で雪合戦しようね」 「二度とごめんだ」 「拒否権はありません、強制参加です」 「誰がやるか。やりたきゃ勝手にやれ」 「つまんなーい」 去年も「強制参加」させられた雪合戦とやらで俺はあっという間にしもやけになり散々な目にあった。 そもそもどうしていい年をした大人たちがあんなクソ寒い中雪玉を丸めて投げあわないといけないのか、心底理解に苦しむ。 の提案に最初は難色を示していたミケやハンジたちも結局最終的には全身を雪まみれにしながら息を弾ませていた。 あのエルヴィンですら、可愛い妹の提案だからと何の戸惑いも見せずに賛同していたのだから始末が悪い。 そして鼻を赤くして雪舞う寒さの中だというにも拘らず額にうっすらと汗をにじませたは案の定、次の日に熱を出し一日寝込む羽目になったというのに(の次に張り切っていたハンジも当然のごとく寝込んでいた。大方髪をしっかりと乾かさない内にベッドに入ったのだろう)。 不機嫌そうに唇を尖らせて俺の髪をぐしゃぐしゃとかき回すの手首をつかむ。 掴んだ手首の細さに、毎回俺はどきりとする。 細く、白いの手首。 「楽しいのになぁ」 「お前が楽しいか楽しくないかじゃない、俺は楽しくねぇんだよ」 「絶対楽しいから!保証するから!ねっ」 「……」 お願いお願いリヴァイは絶対私と一緒のチームだからね!そう言って両手をこすりあわせるを見ているとなんだか無性に哀れに思えてまぁ少しぐらいはやってやっても、と一瞬思いかける。 いやいや違うだろ。危ないところだった。口車に乗せられるところだった(一緒のチーム、の一言に若干ぐらっときたものの)。せっせと雪玉を丸める姿なんぞを部下たちに目撃されたら面目丸つぶれもいいところだ。勘弁してくれ。 なおも俺の周りをぐるぐると左右に行ったり来たりしながら拝み倒すの頭を一発ひっぱたいて机に向かおうと、ソファから立ち上がる。 背後から不服を申し立てるの声が聞こえてくるが、いつまでも構ってはいられない。 数歩歩いたところで突然背中に衝撃が走る。 思わず前につんのめり、すんでのところで踏みとどまった俺の背中にはがっしりとがしがみついている。 「てめ、重い!降りろ!」 「重いとはレディーに向かって失礼な」 「いいから降りろ、降りなきゃ……」 「降りなきゃ?」 「みなまで言わないとわかんねぇほど馬鹿じゃないだろうが」 「わかりませーん!」 とうっ!と掛け声をかけては背中から飛び降りて勢いよくドアに向かって走りだす。 元気があるのはいいことだが、ありすぎるのが問題なんだよ、うちの妹は。まぁよろしく頼むよリヴァイ。いつだったかエルヴィンが俺に向かって言った言葉を思い出す。 よろしく頼まれたところで俺はいったいどうすればいいんだこの女を。 困り顔を作ってみるけれど心のどこかで早く雪が降ればいいと思っている自分がいることに内心慌てながらも、こちらに向かってぺろりと舌を出しているにあっちへ行ってろ、とジェスチャーを送った。 そして、ふ、と吐いた息が少しだけ白くなったのを見て、俺はまんざらでもない気持ちになるのだった。 20131021 |