「やめてください」

だめです。か弱い女の声が部屋に響く。あざとい。くそくらえ。その先に起こることは分かっている癖に、どうしてこうも毎回毎回同じセリフを白々しくはけるのか。
侮蔑、いやこれは愉悦なのか。まぁどちらでもいいのだそんなことは。
するりと逃げ出そうとするその手首を捕まえギリギリと力を込めれば喉の奥がひきつる音がする。引き寄せて口付け、吸い上げる。人間の味がした。得体のしれない生温かい味が。拒もうとする姿勢に反して熱を帯びる吐息。

「リヴァイ、へいちょ…」

背中が壁に当たる鈍い音が聞こえたが、そんなものは関係ない。耳にとろとろと流れ込んだ自分の名前が、アルコールのように全身をめぐり、身体を火照らせる。
悔しい。こんな小さな女に欲情させられるなんて。敗北にも似た感覚。

「うるせぇんだよ」

額の髪をつかんで壁に後頭部を軽くぶつける。軽くぶつけたつもりが思いのほか強かったらしく、の表情は鈍くゆがむ。
そうだ、もっと怯えろ。ぐちゃぐちゃにしてやりたいと思った。あいつの横でいつも幸せそうにほほ笑むこいつを。
駄々を捏ねる子供のようであっても構わない。あの笑顔を自分に向けてほしいわけでもない。恐怖と畏怖に歪んだ眼差しとこぼれる涙がただほしかった。

追いつめて囲った己の腕の中で震えるいたいけな女。日の光の中で見せるあどけない表情とはかけ離れ、揺れ、零れおちそうな涙をこらえた瞳。それに捕えられたが最後、理性は崩壊の一途を辿るほかはなかった。愛おしいだとか切ないだとか、馬鹿げた恋愛小説に並べられたようなクサく、単純な感情ではない。もっとどす黒く渦巻き溢れ出すような激情に胸の奥が燃えた。

気がつけば縺れ合いながらベッドに転がっていた。こみ上げてくるそれを押し留めようとは思わなかった。ひたすらに腰を振り、柔らかな乳房をもみしだく。そして俺は見つけてしまう。そのうなじに付けられた赤い鬱血に。
残酷だ残酷だ、残酷だ。
開いたカーテンの隙間から差し込む月明かりがそれをより一層鮮やかに映し出す。ああ、いっそのこと食いちぎってやろうか。

知っていた、知っていたんだ。俺は全てを。知らないふりをしていただけだったんだ。くそが。

の押し殺した声が、部屋に響いて鼓膜を揺らす。先程までこの部屋を満たしていた乾いた空気は今や、むせかえるような濃密さと甘やかさに変わり果てていた。甘やかさ、いや、これはもはや死の匂いに似ている気がする。感情の死。
ドロドロに溶けたその穴は、いつか俺自身をも飲み込んでしまいそうだった。ぼたりと、額から垂れ落ちた汗が白い背中に流れて消えた。
どうして、俺がこんな気持ちにならなければいけない。違う、考えるだけ無駄なのだ。
知っている、誰もが知っている。こいつは俺のものではないということを。今この時、俺の腕の中で俺に犯され息を荒げていたとしても、決して俺のものにはならないということを。

「リヴァイ、どうして、こんな…っ」

「うるせぇ」

黙れよ。あぁもう、脳がグズグズになっちまう。

…」

「あ…も、だめ」

それを合図にしたかのように脊髄を快感が駆け上がる。どろり、どろり。弾む息を抑えることもできずに、しかし至って平静を装いながら身体をその裂け目から引き抜く。う、という小さな呻き声に反応して熱くなりそうな己の体に嫌気がさす。溢れて零れた精液が躊躇もせずシーツを濡らした。


投げ捨てた衣服を拾い身にまとう。一刻も早くシャワーを浴びたかった。いまだぐったりとベッドに身をうずめるの、そのつるんとした肩だとか、尻だとか、形のいいふくらはぎをじっと見つめる。そして一息ついてドアノブに手をかけ部屋を後にした。




「これで満足か、エルヴィン」

「すまないな」

「クソみてぇなその趣味に俺を付き合わせんじゃねぇ」

扉を開けたその先にいたエルヴィンは俺の肩をポンと叩き、の横たわる(そして今まで俺とあいつが身体を重ねていた)部屋へと入って行った。

俺は知っていた。そして彼も。何もかもを知らないのは、そう、あいつだけ。永遠に知る由もないこと、知らなくていいこと。
あぁ、ひどく体がだるい。今日はとびきり熱いシャワーにしよう。



20130729