そうだこれは夢だ、夢なんだ。私は自由で、望むことは何だってできるんだ。
目の前の椅子に腰かけたエルヴィンを見下ろして私はそう思った。
はだけたシャツ、釦の外されたズボン、そして彼の淡いブルーの瞳を隠す目隠し。
椅子の背もたれに回された腕は縛られ、苦しそうに開かれた薄い唇からは浅い呼吸が繰り返し吐き出されていた。
甘美!ああなんて甘美で扇情的な光景!
平素私の目の前に立ち雄々しく指揮を執るあの団長が、かくも頼りなさげになるものなのか。
ある種の満悦と背徳感が私の中を満たし、飢えた犬のごとく涎を滴らせる。
壁、そしてテーブルの上に置かれたろうそくの焔がゆらゆらと揺れ、彼の顔に危うい陰影を描く。






「ねぇ団長、どんな気分ですか?」

「どんな、と言われても返答に困るな」

「興奮、します?」

「……」

「他のみんなが見たら、どう思うでしょうね。団長のこんな姿」

……」

「団長がいけないんですよ」

「ああ、そうだ」

「だからこんなことになっちゃったんです」

「この目隠しを、取ってはもらえないだろうか」

「駄目です」








楽しげに笑いながら言う私を、彼はどんな目で見ているのだろう。
もしかしたらその瞳はうるんでいる?そんな、卑猥な。
目を潤ませ、頬を染め、だらしなく開いたその口から懇願の言葉を吐かせ、どこまでゆけば私は満足するのだろう。
団長がどう思っているかなんて、もはやどうでもよかった。
私の気持ちを踏みにじり、引き裂き、破り捨てたのは彼なのだから。
移ろいやすい彼の心を繋ぎとめようとは思わなかった。
君の言うことならなんでも従うよ。彼はそう言った。
ちぎれた心の代償として私が手に入れたこの光景。
恥辱と屈辱を彼に。
誇り高きその姿を、汚泥のような恥ずかしめという名の肥溜にぶち込んでやりたかった。







「本当に団長って、良い男」

「……」

「ほれぼれしちゃいます」

「……」

「あぁ、この喉仏も、胸板も、おへそも、全部全部」

「っ……」






伸ばした人差し指で順になぞっていく。
シャツの上からへその周りをくるくると弧を描いて弄び、ぐ、と天井に向かって逸らされた彼の顎を両手で挟む。
彼の瞳のあるであろうくぼみを親指でやんわりと撫で、何かを言いかけたその唇に口づけた。
啄ばむように、舐め取るように、齧り付くようにして私は彼を味わう。
幾度となく口にしてきたはずの彼の味だというにも拘らず、今この瞬間はじめて口にするかのような新鮮さに私はひっそりと胸躍らせた。
腰かけている彼の身体に跨り、両の腕で団長を抱きしめる。
思いきり、力を込めて。
壊してしまいたかった。
あんなにも幸せで満ち足りていた毎日はもはやどこにもありはしなかった。
彼を愛したその全ての力は今、指針を失い激しい愛憎となり私の体の中で渦を巻く。
愛したい、壊したい、慈しみたい、ズタズタにしてやりたい。
もしかして、と私は思う。
本当はずっとずっと、心の底でそれを願っていたのかもしれない。
ありふれた幸せなんかではなく、危うい、綱の上を渡るような関係。
縺れ、絡まりあいながら互いに足を引っ張り合いどこまでもどこまでも落ちていくような、そんな。






「好きですよ、本当に」

「私もだよ、

「この期に及んでよく言えますね、そんなこと」

「本心なんだ、仕方ないだろう」

「笑わせないでください」

「わからないだろうね、きっと君には」

「わかりませんよ、」






わかりたくもない。そう私は彼の耳元で囁き、妖しく光るループタイの留め具に手を駆ける。
ギリギリと締め上げ、団長の喉元に押し当てる。
うまい具合に気道が閉まったのか、初めのうちはおとなしくしていた彼も魚のように口を開き、パクパクと空気を求める。






……苦しい、」

「見ればわかります」

「頼む、」






上ずりかすれた声で私に請う団長を、彼の膝の上に跨り見下ろす。
きっと彼の目じりには涙がうっすらと滲んでいるに違いない。
誰にも見せることのなかった、彼の涙。
一滴残らず舐め取ってあげたかった。
儚く消えそうな彼の懇願に私はぞくぞくと背筋を震わせ、空気を求めさまよう彼の唇に自分のそれを重ね合わせる。
憚ることなく漏れだす熱い吐息。
そろそろ限界なのだろうか、後ろ手に縛られた彼の腕がギシギシと縄を鳴らす。
楽しみはこれからなのだ、息絶えられてはこっちも困る。
紅潮した頬をのぞかせる団長の鎖骨をひと撫でして、私は彼のシャツのボタンを一つずつ外してゆく。
彼が私に夜ごと(ときたま昼にだって)するように、荒々しく引き千切ったりはしない。
あくまでも優しく、焦らすように。
段々と露わになる肌に口付けを落とし、笑えるほど不似合いな乳首を口に含む。
前歯を立てて思い切り噛めば、団長は小さくうめき声をあげた。
そこだけでは飽き足らずに、私はそこかしこへと齧り付く。
赤く歯形が浮き、場所によってはうっすらと赤い血が滲んでいた。
罪悪感なんて、まったく感じなかった。
ただただ、目の前にいるこの男をどうにかしてやりたかった。
燃える嗜虐心につき従い、私は彼の体を嬲り、そして舐めあげた。






「痛い?痛いですか団長?」

「痛いさ、そりゃあ……」






皮膚が破れて血のにじむそこを、私はぐりぐりと指の腹で押す。
心地の良いうめき声を聞きながら、鮮やかに染まった指先を彼の頬に滑らせ、そして口づける。






「ねぇ団長、見て。あ、見えないか」

「……」

「ここ、こんなにしちゃって。悪い子」

「やめ、」

「やめたらだめですよ、こんななのに」





ねぇ?
ふっくらと膨らんだ彼のズボンに手のひらを押し当て、やんわりと撫でさすりながら私は囁く。
なんだ結局は団長だって好きなんじゃないか。
普段私のことをあんなにも翻弄し、叫ばせる彼が今私の腕の中で焦らされはしたなくも勃起しているなんて。
ズボン、脱がせるからちょっと腰上げてくださいね。そう耳元で言えばいともすんなりとあげられる腰。
太ももの辺りまでずり下げられたズボンにひっかるようにして脱げた下着。
そして現れる彼の性器。
ほの暗い地下室で揺れるろうそくが、そのてらてらとした先端を映し出している。




「あーあ団長恥ずかしい。こんなに濡らしちゃってどうするんですか」
「もしかして、感じちゃってたんですか」
「案外マゾなんですね、団長って」





止められない、止まらない。
口は勝手に言葉を紡ぎ、追いつめられた彼をさらなる絶壁へと追いつめてゆく。
そっと睾丸の下に手を差し入れれば、しっとりとした湿り気が手のひらに伝わった。
思い切り握りつぶしたら彼は悲鳴を上げるだろうか。
それともじっとその痛みをこらえるのだろうか。
はたまた白目をむいて泡を吹きながら失神してしまうだろうか。
どの団長も見てみたい。
ぐ、と手のひらに力を入れれば、彼の身体がこわばった。
大丈夫ですよ、何にもしないから。
うすら笑いを浮かべながら私は言う。
優しいのだ、私は。
盛り上がる乳首を掠めるようにして撫でればびくびくと大きな体は揺れ、その振動でそりかえる彼の性器もまた頼り無げにゆらゆらと揺れていた。





「団長、ねぇ」

「……、」

「好きなんです」

「あぁ……」




乾いた布の音が部屋に響き、団長の澄んだ瞳が現れる。
その眼に見つめられて私は不覚にも涙が出そうだった。
結局、私はこの男が愛しくて憎くてどうしようもないのだ。
ごめんね、団長ごめん。
縋るようにして彼に抱きつき、その手首に巻かれた縄を私はナイフで切り落とした。
ゆっくりと背中に回る腕と、押しつけられた胸の温かさに恍惚として私は目を閉じる。
さぁ、何かの合図のように団長は私の耳元で密やかにささやいた。



20131022