あの時儚く滲んでいた瞳。そして今、その瞳は揺れることなく私の目を、恐らくは私のもっと奥底を見つめて離さない。 「、今何と言った」 「私は、調査兵団に入る」 ゆっくり、噛み締めるように、突き付けるようには口にする。私は心の中でこの瞬間がやってくるのを恐れていたんだと思う。 「言ったよね、昔。私が調査兵団に入ればいいのにって」 挑戦的な目。あぁ。やめてくれ。あの時私は君のことを駒として見ていただなんて、どうして言えようか。 しかし時は流れ、宙ぶらりんだった言葉は着地点を見つけ、は私をエルヴィンと呼ぶようになった。 「ああ、確かに言った。しかし」 「わたしね、エルヴィンを守りたい」 私は絶句した。守る?私を?この小さな女が?まさか! 彼女の実力は重々承知しているけれど、それを前提としてもその発言はあまりにも空想的に思えた。 「、君は少し落ち着いたほうがいい」 「落ち着いてる」 やめろ、やめろ。 「考え直すんだ」 「もう決めたの、何度考え直しても変わらない」 こうなったら梃子でも動かないことは知っていた。手を固く握り、じっと揺らぎのない瞳で私を見つめる。その小さな手で、身体で一体どうやって私を守るというのだろうか。以前は有能な駒の一つ、君の存在理由の大半はそれだった。けれど今となっては。 「」 静かに私は口を開いた。 「私は百人の命と君一つの命、天秤にかけるのなら迷わずに君の命を切り捨てねばならない」 彼女は頷くこともせず、微動だにしない。 「しかし、もしそれが出来なかったら?私のほんの少しの私情によって判断が遅れたらどうする?、私は…」 そうだな、私はただの馬鹿なのだ、きっと。冷徹を気取った馬鹿な男なのだ。それを誰かに、に気が付かれるのにただひたすら恐れていたのだ。 「いいよ、私の命なんて切り捨てて」 意志のこもった言葉がやさしく私を貫いた。その言葉は明らかに意志、そして形をもっていた。 「私ね、足手まといになんてならないよ、エルヴィン。たとえ死んでも食らいつく。私はあなたの盾になる」 馬鹿にしないで。そう彼女は幾らかの怒気をはらんで私に言い放つ。あぁ、いつの間に君はこんなにも立派になったのか。私の背にあこがれた君(自惚れだろうか)、その手を取り足を取り育て上げてきた少女の背中を今は私が見ているだなんて。不思議なものだ。ふ、と一息息を吐く。 「覚悟はできているようだな」 「あたりまえ」 「すまなかった」 「いいの。わたしね、エルヴィンの為なら命なんて惜しくない」 「そんなことを言ってはいけない」 「本当なんだもの。何より、それはわたしの誇りだから」 それは昔、私が彼女に言った言葉だった。この場、そしてこのタイミングで返ってくるだなんて、あの時の私は思いもよらなかっただろうに。 「だからエルヴィンはドーンと構えてればいいの」 そう言った君に、君のことも守らせてくれだなんて、とてもじゃなが言えはしなかった。 「、君には参ったよ。これからもよろしく頼む」 「今更なお言葉をどうもありがとう」 言っとくけど、わたしあなたのこと大好きよ。 秘めやかにつぶやく君は、そうやっていつも私を混乱させるのだ。 20130803 |