私、調査兵団に入る。
憲兵団として昨年配属が決まったはずだったが唐突に告げたのは、自分の調査兵団団長の任命が決定した翌日のことだった。

年の離れた妹、言ってしまえばそんな関係だと思っていた。
訓練兵ながらに彼女の実力は際立っており、その噂はささやかながら自分の耳にも届いていた。その姿を実際にこの目で見たのはいつだったか訓練兵の視察に赴いた時であった。
軽やかに立体起動装置を操り、無駄のない動きで急所を突く。荒削りながらもそれは目をひくもので。乾いたガスの音ともに着地した彼女に私は二言三言(どのような内容だっただろうか、今は忘れてしまったが)アドバイスをした。はい、はい。真剣なまなざしで私の言葉に耳を傾けるその若い情熱に目を細めずにはいられない。
鍛えたらさぞ伸びるだろう、そんな私の予感は確かに当たっていた。そう確信するのはもう少し先のことになるのだが。
訓練解散後のざわめきの中、帰ろうとする私たちの元に先程の少女が駆け寄ってくる。すこし汗ばんだ額に、細い髪が幾本か張り付いていた。

「先程はありがとうございました。私、といいます。あの…」

「どうした?」

「不躾なお願いなのは承知の上なのですが」

「なんだ?折角だから言ってみるといい」

そう促すと、彼女はおずおずと口を開く。

「お手本を…お手本を見せていただくことはできますか?」

「立体起動装置のかい?」

「はい」

そのあまりにも、言ってしまえば無遠慮な嘆願に周りの者は呆れるやら驚くやら。しかしおずおずとした物言いとは裏腹に、私の目を見つめる双眼にはチリチリと揺らめくものが見えた気がした。
本来忙しい我々がそのような事をするのは滅多にないのだが、そう前置きをして彼女に明日の同じ時間にこの場に来るように告げた。私とて時間をもてあます身ではない。が、有望な若者の努力をささやかながらにも後押しできるのならば。驕りかもしれないがそう思ったのだ。そしていつかは調査兵団に入団し、その実力をいかんなく発揮して少しでも兵力の足しになれば申し分ない。



「よし、ここまでにしよう」

「はいっ!本当にありがとうございました」

「ほとんどのコツはおおよそ掴めている。あとは細かな技術を磨いていけばいい」

「はい。あの、スミスさん」

「なんだね」

「私、憲兵団に入りたいんです」

「はは。私を前にしてそれを言うのかい」

「すみません」

そう言って彼女は頭を垂れた。

「スミスさんが調査兵団ということはもちろん存じています。でも、ちゃんと言わないといけない気がして」

「そうか、気にすることはない」

当然だと思う。一度の壁外遠征で大半が死ぬような調査兵団に入りたいというほうが驚きだ。

「ただ、私は調査兵団の一員であることに誇りを持っている。だから君も、どこに配属になったとしても誇りを持って従事してほしいと思う」

「はい、もちろんです!」

「ならばよかった」

そう言って腰を上げる。茜色ににじんだ夕日はすでに山の端に沈みかけていた。
その後も人材発掘のため何度か訓練兵の視察に訪れるたびに、なにかとのことを気にかけ自主訓練の面倒をみることも度々あった。
年月は流れ卒業生たちの配属が決まる日の夕暮、が私のもとにやってきた。

「私、憲兵団に入ることが決まりました」

「君ほどの優秀な成績なら当然さ。まぁ、私としては調査兵団に入ってほしいというのも本音だがね」

はは、小さく笑いを付け足した。きっと君ならいい即戦力になる。

「あの、スミスさん」

の癖。言い淀むときに私の名を呼んで伏し目がちになる。まつ毛の影が白い肌に落ちて、私は密かにいつもそれを美しいと思っていた。言いたいことは大概予想がついた。

「私、スミスさんのこととても尊敬しています」

「ふむ」

そしてまた伏せられる睫毛。もどかしい。けれど私はその肩に手を伸ばしたりはしない。してはならないからだ。
それだけです。彼女の口からポロリと零れたその言葉に肩透かしを食らう。「それだけです」微かに揺れた空気と、行き場を失い宙ぶらりんになり言われることのなかった(であろう)言葉。

「今日で卒業ですが、御迷惑でなければまたご指導よろしくおねがいします」

ぺこりと頭を下げては踵を返した。
あの今にも泣き出しそうな瞳を私は今でも忘れてはいなかった。


(20130803)