「カヲル、寒い」 自分のタオルケットを引きずりながら現れた私に、カヲルは首をかしげる。 「寒い?」 「うん」 私の意図を理解したのかしないのか、彼は寝そべっていたベッドの半分をあけてくれる。 とぼとぼとそこに向かい、あいた隙間に腰掛けた私はなんだかひどく惨めな気持ちだった。 「抱いてほしい」 「どっちの意味で?」 面白そうに喉を鳴らして尋ねるカヲルは、しなやかな猫のような動きで起き上がると私を背後から抱きすくめる。 首筋に押し当てられる彼の鼻筋はほんの少し冷たかった。 彼よりもほんの少しだけ高い私の体温を確かめるようにして、頬が鼻が唇が私の肌を這いまわる。 「あったか、」 「リリンの真似事が、したいのかい?」 「そんなんじゃない」 「へぇ、そう」 何もかもお見通しだよ、とでも言いたげに私の髪を梳くカヲルの細い指。 もうすぐあの少年がやってくる。 ずっとずっと、カヲルが待っていた男の子。 その先に何があるのか、彼らがどうなるのか、私にはわかる。 人でもない、神でもない私たちが行き着く先なんてひとつしかない。 ピアノの鍵盤を滑らかに叩く彼の指は、私の皮膚の上を楽しそうに這っている。 カヲル、カヲルは…。 「やめ、…」 「嫌なの?」 「そういうのじゃなくて、したいわけじゃなくて、」 「じゃなくて?」 「ぎゅって、して欲しい」 ほんの少しでもいいから体温を分かち合いたかった。 無機質なこの部屋の中で、何度となく私たちはかさついた心を寄せ合ってきた。 がれきの向こうに広がる赤い世界はひどく残酷で美しい。 カヲルは、やがてここにやってくるであろうあの少年に、全てを見せてしまうのだろうか。 きっと見せるのだろう。 彼はそれを望み、カヲルはその願いを叶えるはずだ。 優しいから、カヲルは。 その優しさに何度救われ、何度傷ついてきただろう。 コンクリートの隙間に咲いた小さな花を手折って差し出してくれた、彼の儚い笑顔を思い出して鼻の奥がツンとした。 「今日のはちょっと変だ」 「そんな日もあるの、女の子なんだから」 「女の子、」 「そ、女の子」 「へぇ」 「へぇ、って何よ」 ふり向いて睨みつけようとしたところを、唇を逆に奪われ押し倒された。 「いいじゃん、しようよ。リリンの真似事」 「いや」 頑なに拒む私の身体を解こうという素振りすら見せない癖に、耳元では甘い声がささやいている。 あとどれぐらいの時間が残されているのだろうか。 私とカヲル、二人の世界はもうすぐ終焉を迎えてしまう。 ずっと騒がしかった13号機が、静かになり始めてしばらくが経つ。 ダブルエントリーシステムなんだって、とカヲルは言っていた。 ごぼごぼと湧く液体の音と白く上がる蒸気にまぎれて、彼は私の頬に口づけた。 ―「、こういう気持ちってなんて言うんだろう」 ―「わからない」 ―「身体の奥が切ないんだ」 ―「……」 その感情に付けられた名前は、もし私たちがリリンであったのならば知り得たのだろうか。 そういう時、ほんの少し自分のことが憎いのだ。 毛布にくるまれた子犬のように私たちは無垢だった。 互いの体温で身体を温め合い、鼻先を擦り合わせ、じゃれあい、眠った。 ゆっくりと、終わりに向かい緩やかな坂道を転がりながら。 「って、女の子なんだね」 「……」 「柔らかくていい匂いがするから女の子なのかな」 「しらない」 自分と異なる肉体を持つ私を、カヲルはいつも興味深げに撫でまわす。 彼のつきだした部分と、私のくぼんだ部分は実にしっかりと形が合うのだ。 カヲルの濡れたみたいに紅い目が、私の顔を覗き込む。 ひたひたに優しさをその瞳に湛えて、彼は私に微笑んだ。 「大丈夫」 「こんな世界で、一番信用できない。その言葉」 「酷いなぁ」 肩をすくめたカヲルは落ちてきた前髪をかきあげるとシャツのボタンをひとつ外した。 「僕が大丈夫にしてあげるよ、」 「大口、」 「本当さ」 「根拠もなしに」 「そんなもの、」 いらないさ。 そう言って私の唇をそっと塞いだ彼の唇は、やっぱりすこしだけひんやりとしていた。 20140702 |